導入:カケハシによるM&A戦略の継続性とその必然性
こんにちはアジヘルさんです!アイリスにてAI医療の社会実装に取り組む、ヘルスケア領域の事業開発の専門家です。 2025年12月23日に、薬局DX業界において、非常に示唆に富むニュースが発表されました。
- 買収側:株式会社カケハシ
- 主力製品:薬局体験アシスタント「Musubi」
- 導入実績:約1万2,000店舗超(2024年11月時点のForbes記事より)
- 事業概要:電子薬歴、在庫管理、患者アプリなど薬局向けSaaSを多角的に展開
- 被買収側:株式会社ズー(薬局向けシステム「kusudama」提供)
- 内容:カケハシがズーの全株式を取得しグループ化。ズーは社名・体制を維持
- 目的:サービス提供体制の充実と医療体験向上
表向きは「医療体験の向上」とされていますが、今回の買収は、「資金力」と「プロダクトポートフォリオの拡充」、そして「業界再編」という3つの観点から読み解くことで、その戦略的意図が明確になります。
株式会社ズーの企業概要:40年の実績を持つ“薬局ITの老舗”
ズーは創業1986年。この業界で約40年の実績を持つ企業です。薬局向けシステムは「制度変更」や「医療DXの潮流」、「現場業務の複雑化」といった外部環境の変化が激しく、堅実な基盤がない企業は淘汰されやすい市場です。
足元のファクト(推定含む)は以下の通りです。
- 従業員数:約85名
- 資本金:4,000万円
- 売上高:約10.8億円(2024年3月期)
- 事業概要:レセコン・電子薬歴一体型「kusudama」を提供
ここで重要となるのが、“レセコン・電子薬歴一体型”という製品特性です。
- レセコン:レセプト(診療報酬請求)用コンピュータ。薬局の会計・請求の心臓部
- 電子薬歴:薬剤師の記録・服薬指導などの実務の心臓部
- 一体型:これらを同一のシステム・データモデルで運用する形態
一体型システムは、現場業務に深く浸透するため解約率が低い傾向にあります。逆に言えば、他社システムへの切り替え(リプレイス)コストも高い。だからこそ、買収によって顧客基盤・プロダクト資産・スイッチングコストの壁を丸ごと手に入れる戦略的価値が高いと言えます。
また同社は近年AIを搭載したクラウド薬歴サービスもリリースしており、この部分ではカケハシのMusubiと直接類似のサービスを提供もしておりました。
評価額の妥当性:推定「30億円」規模の可能性も
ズーの買収価格については、今年2月にカケハシグループ入りしたノアメディカル(買収額約30億円)との比較が有効な補助線になります。
ノアメディカルは直近の売上高(約11億円)が公開されており、ズーの推定売上高(10〜12億円)と比較すると、両社の事業規模はほぼ同水準であることがわかります。
仮に売上高に対する評価倍率が同一であるとすれば、今回のズーの買収額についても、ノアメディカルと同等の30億円規模であったとしても不思議ではありません。
カケハシのM&A戦略を時系列で分析:資金調達と投資の一貫性
今回の件を単発のニュースとして捉えるのではなく、時系列での戦略として見る必要があります。カケハシの動きには一貫した意図が見て取れます。
- 2021年3月:株式会社Pharmarketを買収(セプテーニHD子会社、医薬品二次流通)
- 薬局経営の周辺領域を押さえる布石
- 2023年3月:シリーズCで約94億円調達
- 成長投資のための資金確保(第一波)
- 2025年2月:ノアメディカルシステム株式会社を約30億円で買収(JMDC子会社、九州地盤、1,500店舗)
- オンプレミス/レセコン領域の顧客基盤を獲得
- 2025年6月:シリーズDで約140億円を調達(ゴールドマン・サックス等)
- 今回の攻勢を支える原資。豊富な資金力が選択肢を広げている
そして2025年12月のズー買収。約140億円の調達後、約半年で次の大型投資を実行しています。
「Musubi」×「kusudama」:競合取り込みによる“全方位戦略”の確立
表面上、「Musubi(クラウド薬歴)」と「kusudama(一体型)」は競合関係にあります。実際、営業現場のコンペティションでは競合することもあったでしょう。
しかし、買収後のポートフォリオは以下のように整理されます。
- クラウド薬歴 (Musubi):クラウド志向・チェーン/成長薬局・データ活用に強み
- 一体型 (kusudama):基幹業務を一気通貫で管理。現場運用とサポートに強み
- オンプレ/レセコン(ノアメディカル):地域密着、既存システムの更新、リプレイス需要に強み
つまりカケハシグループとして、薬局DXにおけるあらゆるニーズに対応可能な体制を構築しつつあると言えます。
- DXを推進したい薬局
- レセコンのリプレイスを検討中の薬局
- 一体型で業務効率化を図りたい薬局
- オンプレミス環境を維持したい薬局
この全方位戦略が意味するのは、単なる機能競争だけでなく、“調達・提案・導入の総合力”での優位性です。グループ内で最適なソリューションを提案できれば、販売チャネルの効率化と受注確度の向上が期待できます。また、サポート・運用人員の最適配置も可能になるでしょう。
【深掘り】PMIの難易度:「カニバリゼーション」と「組織文化の融合」
一方で、統合プロセス(PMI)におけるリスクも存在します。 まず、「Musubi」と「kusudama」が営業現場でカニバリゼーション(共食い)を起こす可能性です。「どちらを提案すべきか」という営業現場の迷いや、顧客側の混乱を避けるため、明確なセグメンテーションと製品戦略の交通整理が不可欠です。
また、創業40年の老舗企業文化(ズー)と、急成長中のスタートアップ文化(カケハシ)の融合は、容易ではありません。85名の従業員がモチベーションを維持し、シナジーを発揮できる組織統合ができるかどうかが鍵となります。 「社名・体制を維持」という発表は、急激な変化による“文化的な摩擦”を避けるための現実的な判断とも解釈できます。
まとめ:薬局DXは「群雄割拠」から「集約」へ
これまでの薬局DX市場は、Amazonやメドレー などの大手プレイヤーの参入に加え、スタートアップも乱立する「群雄割拠」の状態にありました。
しかし、今回のズー買収において、社名・体制が維持されたことは実務的にも合理的です。基幹システムは無理な統合を行うと現場の混乱を招き、顧客の信頼を損なうリスクがあるためです。
今後は短期的に、
- 販売チャネルの棲み分け(顧客属性に応じた提案最適化)
- サポート/導入体制の強化
が進められ、中期的には、
- データ連携や周辺プロダクトとの連動
- 共通ロードマップの策定
へと移行していくのが自然な流れでしょう。
薬局DX市場は、いよいよ「集約」のフェーズに入りました。カケハシはその中心的な役割を担いつつあります。約140億円の調達資金を背景に、約30億円規模の買収を重ね、さらなる拡大を視野に入れている——このスピード感と実行力は、業界全体に大きなインパクトを与え続けるでしょう。
















