さて連載シリーズ「徹底分析エムスリー」第2回に行こうと思います。
今回のテーマはエムスリーの歴史ということで、主にエムスリーの成長をここまで支えてきたMR君の誕生までのことについて考えてみようと思います。以降のことは個別の事業の回に譲りましょう。それでは早速どうぞ。
▼前回の記事はこちら。まだ未読の方はこちらからどうぞ。
谷村格氏によるエムスリーの創業
有名な話ですが、エムスリーの創業社長で、現社長でもある谷村格氏は、もともとはマッキンゼーのパートナー(役員)として、製薬・ヘルスケア業界では伝説的なコンサルタントでした。そのときに、当時のソネットに持ちかけていた提案が、将来の主力製品となる「MR君」です。
ソネットに提案をする中で、では一緒にやってみないかと言われたのか、あまりにいいアイデアだと思ってやりたくて仕方なくなったのか、マッキンゼーをやめて、平成12年9月自らエムスリー(当時ソネット・エムスリー)を立ち上げます。
なお当時の目論見書を拝見しますと、資本金は2億円、株式比率はソネット約87%、谷村氏約10%だったようですね。
立ち上げ直後に、マッキンゼー時代から関わりがあった外資大手製薬会社ベーリンガー・インゲルハイムの西章彦氏が加入するなど着々と製薬会社に知見とコネクションのある人間を揃えていきます。(現在西氏は独立して、エイザス株式会社を立ち上げており、こちらでもMRデジタライゼーションの事業をやっているようです。)
そしてエムスリー設立の翌月には、将来の100億円事業「MR君」が誕生します。
ただし、このときのMR君は、現在のMR君とは大きく違います。eディテーリングやMRデジタライゼーションともいわれ、MRという営業マンのe化(インターネット化)ツールでした。MRがMR君にログインすると、管理画面から直接医師にメールが打てたり、開封したか、などが確認ができる業務ツールだったようです。
MRの業務は圧倒的に非効率
谷村氏が、なぜこのMRのデジタル化にビジネスチャンスを見出したのか考えてみましょう。
MRの業務評価は、「コール数×ディテーリング数」という指標が使われています。つまり営業といえども、医師が処方したかどうか(売れたかどうか)がMRの成果とはなっておらず、そのプロセス評価だけが行われているという状態です。
さらにコール数(何度医師に訪問できたのか)×ディテーリング数(医師に対して、自社の薬の製品紹介を何度できたか)さらにコールやディテーリングしたかどうかは、自己申告制らしいのです。
極端な例ですが、「先生、アリセプト*!アリセプトはすごいんです。是非アリセプトを使ってください!」でディテーリングしたと言い切ればOKだそうです。これで昇給などが決まるのですから、インターネット界隈で営業をしていた僕からすると信じられない話なのですが・・・。
*アリセプト:エーザイ株式会社の抗認知症薬。一時期日本のすべての医療用医薬品で販売金額トップだったこともある超有名医薬品。
そのようなアナログな仕組みでやっている製薬会社の状況を考えると、ROIを図る意味でも、MR君は一定の価値を出せたでしょう。一回当たりの面会時間がわずか2-3分という事実も非効率性を顕著に表している数字だといえます。きっと谷村氏もそのような状況を知ってビジネスチャンスしかないと考えたはずです。
また、いまでこそましになりましたが、医師とMRの関係は、主としもべのようなものだ、と言う方がいるほどの状態でした。医師にメールを送るなんて失礼はなはだしい!と言って名刺を受け取ることもできないMRも多かったという話を聞いたことがあります。そこに対して、e化を進めるツールは一定の価値があったのではないでしょうか。
なお、過去のインタビューで、西氏は当時の「MR君」について、こんな高い商品本当に売れるのかと思ったと言っております。
当時のMR君の単価は1人のMRあたり30万円だっといいます。大手製薬会社では1社当たり1,000人~3,000人ほどMRがいますので、1割のMRに導入するだけでも数千万円~1億円規模の費用だったと推定できます。
そのような単価感ですので、察するに、どこの製薬会社も導入は躊躇したはずです。どちらかといえば、第一三共が(ファイザーかGSKかもしれませんが)、製薬マーケに精通した、圧倒的に優秀な戦略コンサルである谷村氏を1億円で買ったという、始まり方をしたのではないかと考えています。
なお当時は、「戦略君」という商品があり、医薬品のポジションニングマップの検討や、オンライン、オフライン全体を包括した医薬品プロモーション戦略をエムスリーが考えるという商品があったというほどなので、そこが絶対の強みという認識があったのでしょう(なお、現在は「戦略君」は現在は「MR君」パッケージに含まれています)
バーチャルMRという概念
谷村氏の人望もあり、MR君は、半年後には黒字化をするものの、実は決して順調だったわけではありません。とにかく高いMR君の新規導入は苦戦しました。結局、メールとどう違うのと言われてしまうのです。
実はMR君が真にドライブするのは、「バーチャルMR」(本社MR)という概念に変えてからなのですね。
簡単にいうと、これまで個別のMRが医師にメールを送っていたのを、本社の人がまとめて送るよというイメージです。
これまでとの違いを図示してみましょう。
ただし「バーチャルMR」とはいっても「実際に存在しないMR」という意味ではありません。およそ本社の営業企画部の担当の方などではないかと思われます(もしくは営業リーダーのような方が兼ねているのかもしれません)
つまり、病院・クリニックに訪問はしないけれども、大規模な説明会などに行くと会うこともできる。そういった意味で、親近感は湧きやすそうです。
この概念を導入してから、個々でバラバラに行っていたeディテーリングをひとつに集約できます。ひとつに集約するということは、その1つの送付内容を改善することによる効果・効率が上がっていきますから、1つのeディテーリングに対する投資がしやすいというわけです。
このロジックで、エムスリーは、eディテーリングにクリエイティブ投資という概念を追加します。つまり、1種のメールしか送らないんだから、そこに投資をしっかりして、より医師に理解しやすいディテーリングを行いましょう、という営業をするわけです。
そうして、MR君では有名俳優が登場するディテーリングドラマや、有名漫画家によるディテーリング漫画を連載物として配信しているわけです。(蛇足ですが、幾人か出演俳優の名前を聞きましたが、僕は存じ上げない方でした。もともとテレビ見ないのでそのあたりの名前は非常にうといからかもですが。笑)
医師にとっても難しい内容と言葉で語られるよりは、非常にわかりやすく、楽しいものですから、メールを読んでみようかな、という気分にもなるわけです。
エムスリーの決算資料によると、このコンテンツ製作費だけで、2,000万円~4,000万円という予算を製薬会社からとっているようです。(初期費用や配信費あわせると1億円以上)
1広告商品の製作費として考えると高く思えますが、MR1人当たりの雇うコストが年間2,000万円と比較してみてください、と営業されれば、安く思えてしまうのが不思議です。これも深い業界理解ゆえの、営業トークまで練りきった価格設計というものでしょうか。
エムスリーと同様医師向けプラットフォームを運営しているケアネットなど、国内にeディテーリングができる商品を提供する会社は実は多数あります。
しかし、MR君のような、バーチャルMRによるディテーリングを実現している会社は、日本はおろか、おそらく世界でも一社もないのではないかと思われます。というより、リアルの営業マン(MR)がインターネットに代替されるということを製薬会社に信じさせることができた人が谷村氏しかいなかったのでしょう。
その意味で、エムスリーは世界オンリーワンのサービスを提供している類まれなる会社と言えるのでしょう。
この方針転換とあわせて、MR君配信数・開封数を増やしていくことで、価値を高めていくために、医師向けプラットフォームm3.comを強固にしていくということで、エムスリーは大きく成長していきました。
このあたりは、エムスリーを分析する上で、最も重要な点であると言えますので、次回以降で更に細かく分析していきましょう。
それでは、本日はこのあたりで。ご精読ありがとうございます。
【連載:徹底分析エムスリー】
第1回:エムスリーとは
第2回:エムスリーの歴史(MR君誕生まで)(本記事)
第3回:「m3.com」とは。最強の医療ポータルを分析する
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