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【全文掲載】『PHARM STAGE』寄稿「医療AI/プログラム医療機器の事業化に必要なこと」

【全文掲載】『PHARM STAGE』寄稿「医療AI/プログラム医療機器の事業化に必要なこと」

こんにちは、アジヘルさんこと田中大地です。AI医療機器スタートアップのアイリスで事業開発を管掌しています。

今回、『PHARM STAGE』(ファームステージ)2023年5月号に執筆依頼を頂き、「医療AI/プログラム医療機器の事業化に必要なこと」という内容で寄稿いたしました。

『PHARM STAGE』本誌は、こちらのURLから購入頂くか、図書館などで閲覧ください。

本記事について二次転載の許可を頂くことができましたので、本ブログにて、無料・全文公開したいと思います。

デジタル医療の隆盛が注目される中、実際に事業化にあたってどういった点を注目していくべきなのかをまとめておりますので、この領域で事業立ち上げを検討されている方はぜひお読みください!それではどうぞー!

1.はじめに

はじめまして、アイリスの田中大地と申します。私はこれまでリクルートや SMS にて多くの事業を立ち上げてきました。その後、アイリスの創業期メンバーとして、AI 医療機器開発をゼロから取り組んでまいりました。当社が 5 年の研究開発を経てローンチした最初のプロダクト「nodoca®」は、AI 医療機器としての承認、保険適用を実現し、昨年 12 月より販売開始し、まさに事業立ち上げの最終フェーズに取り組んでいるところです。

本記事では、私自身がアイリス株式会社において、ひとつの SaMD(デジタル医療機器)をゼロから開発し、販売まで一連のプロセスを全て経験した身から言える、事業化にあたって抑えておくべきポイントについてお伝えしていければと思います。個別のポイントについて深掘りして書こうとすると 1 冊の本が書けてしまいますので、本稿ではエッセンスをお伝えしていければと思います。

2.プログラム医療機器は日本を代表する次の産業に

2022 年 12 月の規制改革推進会議を受けて、岸田総理から医療 AI/SaMD を日本の次の産業とするため大幅な規制緩和を行うという発言があり、実際にこれまでかかっていた医療機器の承認プロセスが大幅に短縮する内容で検討が進んでいます。1),2)

なぜ医療 AI/SaMD が国策としてもここまで注目が集まっているのでしょうか。

それは、特に地方における医療供給の不足という大きな社会課題をテクノロジーによって解決できる可能性を秘めていることと同時に、次の輸出産業としてグローバルで勝てる可能性があるためです。

日本の医療機器は年 3 兆円を超える巨大産業で、日本は米国に次ぎ世界二位の大きな市場です。しかしながら、内視鏡以外の領域、特に治療機器においては海外医療機器メーカーに、大幅に輸入超過の状態が続いています。

こうした重要な産業において、なかなか攻めの一手が見つかっていませんでしたが、ここに来て流れが変わってきています。

それが、CureApp、アイリス、サスメドといったスタートアップによるデジタル医療機器の薬事承認の事例が相次いで誕生していることです。

長い間日本発の新医療機器は年に数件しか生まれていなかった中、こうしたデジタル医療機器の領域で毎年のように、新医療機器が薬事承認される事例が誕生しています。これらのデジタル医療機器が世界でも類を見ない対象範囲の広さを持つ公的保険システムに収載されることで、使用促進を行えるという土壌も整っています。こういった背景から、デジタル医療機器という領域を国策として産業に育成しようという機運が生まれつつあるのが現状です。本稿の読者はプログラム医療機器の事業開発を検討している方かと思いますが、そうした方はまさに今立ち上がりつつあるこの波に乗り切ることがとても大切です。 

3.プログラム医療機器の事業化で重要なこと

さて、ここからは実際に事業化に当たって、特に参入検討の初期に必要な考え方についてお伝えしていきます。

まず、重要なことは開発や承認をゴールに設定しないことです。

私もプログラム医療機器の事業化の相談を多く受ける機会がありますが、そのほとんどの会社では、自社の技術シーズを活かしてどうプロダクトを開発するか、どう規制を乗り越え承認を取るかで思考が止まってしまっている印象を受けます。

確かに承認取得まででも考えるイシューが多すぎて、特に医療機器未経験の会社では、その先を考えるのは非常に難易度が高いでしょう。

しかし、何よりも避けたいのは、多額の投資や時間をかけてデジタル医療機器を作ったものの、実際に売れるものになっていなかったり、安定的な収益を創出できるモデルではなかったという結果になることです。

DTx の第一人者であった Pear Therapeutics は、最も市場の大きい米国で3つの DTx プロダクトの薬事承認を得たにも関わらず、事業収益が生み出せず大規模なリストラクチュアリングを繰り返した後、 2023 年 4 月 7 日に倒産を発表しました。

こうならないためにも、開発や承認だけでなく、最初期にその先まで見据えたビジネス検討が必要になります。

プログラム医療機器の開発にあたっては非常に大きなリソース投下が必要です。

医薬品よりは小さな投資で開発できるとはいえども、短くとも 5 年の時間と、開発費や研究費だけでも最低10 億円といった単位で資金投入も必要です。

それに加え、たとえば 50 人の人材が事業に関わるのであれば、諸経費含めたコストがひとりあたり 1 千万円だと仮定しても、年 5 億円の人件費がかかります。

そうした領域に参入するときに、事業計画の詰めが甘くスタートすることは、見えているリスクに空手で進むような話でありスマートではありません。

やはり、一度プログラム医療機器の開発から販売の全体感を経験したことがある人を外部コンサルでもいいので、チームに加え、先に主要論点については仮説を持った上で開発開始の意思決定をすることが重要でしょう。

4.プログラム医療機器の事業化プロセスで重要なこと

プログラム医療機器の事業化プロセスを以下のように整理するとします。さまざまな整理がありますが、以下は私の経験を元に、主要マイルストーンをブレイクダウンしたものです。

  1.  初期戦略:ユーザーニーズに基づくプロダクトの形と事業計画の策定
  2.  チームづくり
  3.  プロダクト開発
  4.  臨床研究(データ収集と価値検証)
  5.  評価/治験
  6.  承認
  7.  保険適用
  8.  販売とマーケティング
  9.  継続改善とオペレーションの磨き込み、持続的な品質管理

ここまで述べてきたように、医療機器開発においては初期の戦略策定が極めて重要です。1 の段階で 2-8 についても主要論点を洗い出し、一定の解を持つことが大切だと考えています。これらの論点において、漏れてしまいがちですが重要な視点をカバーしていきたいと思います。

4.1 チームづくり

チームづくりに関しては、1 の初期戦略策定と並行して進めることが必要となる部分もあるでしょう。  1 における論点を洗い出すため、最低でも必要なチームがあるためです。

チーム組成にあたっては、四銃士と私は呼んでいますが、医療者、エンジニア、薬事、それを統合して事業を推進していく事業開発/PM 人材の 4 人は必要です。これらが一人でも欠けると、カバーすべき論点が漏れている可能性が高く、先のプロセスで大きな手戻りが発生するためです。また開発を決定した場合、QMS などの体制構築をする人も早めに入れておく必要があります。

ただし本格的にプログラム医療機器の開発に踏み込むかを決める 1 の段階で社員採用をしてしまうリスクは大きく、最初は経験者を業務委託などの外部リソースとして活用して、論点網羅と解出しに止め、本格的に採用を始めるのは 1 を終えてから進める形がよいでしょう。

4.2 保険戦略

意外と 1 の段階で詰め切れていない会社が多いなと思っている部分が保険戦略です。日本国内で、かつ医療機器の事業をやるのであれば、上市するプロダクトが保険適用されるかどうかは事業規模を 10 倍、 100 倍が変わりうる要素であり、多額の投資をして医療機器にするのであれば、保険適用されるための戦略は必ず意識して開発に臨みたいものです。

保険戦略は非常に複雑ですが、最低限、「既存の診断・治療の点数に保険点数がついているか、その場合何点の保険がついているのか」、「新製品が投入することで医療費を削減するロジックが立つか」の 2 点は抑えておくとよいでしょう。概略を説明します。

a. 既存の診断・治療法との比較

新製品が対象とする疾患で、現在一般的に行われている診断法・治療法に保険点数がついている場合、比較的保険収載のロジックは簡単です。既存法と同等ないしはそれを上回る効果効能が評価試験にて証明できる場合、既存法と同等の点数と主張ができるからです。

参考までに、アイリスの AI 医療機器 nodoca® によるインフルエンザ診断支援は、既存検査法であるイムノクロマト法と同等の点数である 305 点の保険適用となり、日本の AI 医療機器としては初めての保険適用がなされました。

b. 医療経済性の評価

既存法に点数がついていない場合や、追加加算を狙う場合は新たにその保険点数を主張するロジックメイキングが必要です。

いくつかの方法はありますが、医療経済性を証明していくことが一般的でしょう。
日本の公的保険の拠出元は国の財政であり、ひいては国民の税金から出ているわけですから、保険を適用することで一時的に財政負担は発生するものの、将来の国の医療費が下がるなどのロジックを組み立てます。

保険に精通したコンサルタントもいるので、必ず相談しながら進めていきましょう。
また、保険点数を取得するために、関連する学会やKOL からの推奨も必要となることが多いため、同時にそのあたりもイメージしておくこととよいでしょう。

4.3 販売チャネル

1 の段階で事業計画を策定する際には、その製品が売れるかどうかについて得られる情報の精度も荒く、販売数や売上は市場規模の X%を取るという形でえいやで見立てざるをえないかと思います。しかし販売チャネルやマーケティング手法によってかかるコストやマーケット浸透にかかるスピードは大きく変わっていきます。

販売チャネルは、大きく分けると、直販か販売提携(ライセンスアウト含む)の 2 パターンがあります。それらの組み合わせも含め、自社のモデルに合うパターンを検討すると良いでしょう。

a. 直販

直販であれば、自社で営業人材を抱えることになりますが人件費が大きく膨らみます。また人数が増えれば人材マネジメントにかかる悩みも増えていくことでしょう。

しかし、プログラム医療機器のようなこれまで一般的でなかったものを広めるためには、その開発に至った想いの伝播は重要であり、そのメッセージを顧客に対して直接伝えられることはメリットです。

代理店などを挟まないため、施策や方針の変更なども機動性高く行うことができます。どんなに綿密に戦略を練ったとしても、販売開始後すぐに顧客に受け入れられるプロダクトは世の中にほとんど存在しません。販売開始後も、いかにスピード感を持って PDCA を回していけるかは重要なのです。

b. 販売提携

販売提携の最大のメリットは自社に大きな営業リソースを持たなくても良いことでしょう。ただし顧客の声がダイレクトに聞きづらくなり、販売における自由度が大きく低下するというデメリットがあります。

販売提携先が、メーカーか代理店かによってもまた大きな違いがあります。

大手医薬品や大手医療機器メーカーと独占提携を考える場合、販売契約時点が大型の契約金やマイルストーン収益が期待できます。

ただし、大手医療機器メーカーは販売製品のブランドに自社名を冠することを多くのケースで求めてきます。特にスタートアップで、製品を通じて自社のブランディングにこだわる場合は、その議論で契約締結が難航するケースもあるでしょう。それ以外にも大型契約の締結には、多くの論点が存在し、販売開始をする 1-2 年ほど前から動いていくような時間軸が望ましいでしょう。

大型買取を伴わない卸や代理店の契約は比較的簡単です。ただし、多くの製品を扱う卸や代理店の場合、顧客に対して複雑な提案をすることは難しく、顧客に持っていくだけで案件化するような魅力的なプロダクトでなければ販売活動を推進することも簡単ではないでしょう。

なお、承認済みのプログラム医療機器の例では、CureApp 社は基本直販とし、サスメド社は塩野義製薬との販売提携契約の締結としています。この 2 社の事業計画の構造は大きく異なることが想定されます。

4.4 マーケティング

医療機器においては、大きく 3 つのマーケティング手法があります。この 3 つのタイプはそれぞれ別のケーパビリティを要求されるため、それを推進する人材によっても得意/苦手があります。全体をカバーすることで高いマーケティング効果が期待できます。

a. メディカルマーケティング

学会出展や資材作成といった伝統的なマーケティング手法になります。

業界外の方だと医師向けのコミュニケーションは独特なものであり、医療機器や医薬品メーカー出身でセールス&マーケティングを実行した方が必要となります。ただしそうした方は、IT 企業やメガベンチャーで一般的な数字を詰めていく思考はあまり経験がない方が多く感じます。

獲得単価などは明確化しづらく、コスト意識も比較的ゆるいため数字を細かく見ていくやり方とは相性は悪く感じます。

b. デジタルを中心としたマーケティング

IT 企業やメガベンチャー、スタートアップではメイン手法となっている、デジタルを中心としたマーケティング手法です。DM や FAX などの手法もここに含むとよいでしょう。

コストが明確に把握しやすく、セールス&マーケティングのプロセスをリード獲得>案件化数>受注数に分解し、次のステップへの移行率(CVR)をあげていきながら、獲得単価(CAC、CPA)を見ていく THE MODEL といわれる手法が To B マーケティングでは一般的になっています。

他業界と異なり、医療機器や医薬品でデジマはまだそれほど一般的でなく、どのくらい通用するのか、と疑問に浮かぶ人も多いと思いますが、アイリスのマーケティング責任者を務めた身としては、かなり多くのリードがデジマで獲得ができますので、今後は医療機器においても重要なマーケティングチャネルとなることは間違いないでしょう。

c. PR/ブランディング

リード獲得や受注を直接生み出すものではないものの、テレビや新聞、業界紙といったメディアを通じて、認知を拡大する手法である PR/ブランディングの機能もひとつのマーケティング手法となります。

特にプログラム医療機器においては、一次的な顧客である医師・医療機関に加え、最終ユーザーである患者認知・一般認知が得られるかは肝であるため、一般認知に効く PR/ブランディングの機能はより重要です。

PR/ブランディングを成功させるためには、メディアアプローチや、取材対応のデリバリーができる人材がいると望ましいでしょう。私はアイリスで PR 部門の立ち上げも行いましたが、PR 未経験でもテレビや五大紙、業界メディアなどかなり多くの露出を獲得できているため、必ずしも PR 経験者でなくとも、営業・マーケティングスキルの高い人材であれば担うことができます。

5.プログラム医療機器の浸透は患者がステークホルダー

PR/ブランディングでも述べてきましたが、プログラム医療機器の中でも、特に DTx は、医師だけでなく、患者側への認知やメリットを強く考えなくてはなりません。

いままさに疾患で苦しみ、医薬品を使用している方が、明日からアプリを使ってください、と医師から言われても、そう簡単に切り替えられるものではありません。医薬品ですらアドヒアランスをあげることは難しいものですが、インスタントに効果を感じづらい DTx は更に患者納得が難しく、にも関わらず毎日アプリを立ち上げ、そこに自身の日々を入力するわけです。日記をつけることが続かない人が多いように、決して簡単なことではありません。

こうした一般人に対して、継続的にサービスを使ってもらうためにどうするかという To C 的なサービス開発は既存の医薬品・医療機器メーカーは慣れておらず、逆にそういう強みを持つ企業が参入することで No.1 プレイヤーになる可能性がある領域だとも思っています。(もちろん医療や医療機器に対する知見を持つことは必須の前提です)

2023 年 2 月には、サイバーエージェント(CA)が DTx 領域に参入するとして話題になりました 3)が、To C サービス開発、マーケティングに強い CA のような会社が、本気で医療ビジネスに精通したとすれば、業界を大きく変える可能性があると私は考えています。

6.ヘルスケアアプリから始めるという戦略オプション

こうした状況を踏まえて、ひとつの戦略オプションを提案します。

将来の医療機器化は見据えつつも、あえて非医療機器=ヘルスケアアプリとしてはじめるという発想です。

医療機器として長い時間の開発がうまくいき、販売開始に至ったとしても、患者が使ってくれるかどうかはまた別の問題です。そうした不確実性が存在する中、先に述べたような大きな投資を行う意思決定はよほど強い思いを持ったリーダーがいないと難しいでしょう。

また、医療機器化すると、患者向けの広告規制が非常に厳しくなります。プログラム医療機器において重要なステークホルダーである患者さんが使ってくれるかの検証も難しくなり、PMF(Product Market Fit)しているかわからないものを開発しなければならないという難しさがあります。

そこで、まずは比較的簡単にローンチできるヘルスケアアプリからはじめ、実際に患者に使ってもらえるのかを検証するフィージビリティスタディを経て、確信が持てたら医療機器化を検討するという進め方をとるという提案です。

たとえば、メンタルヘルス領域に取り組む Awarefy というスタートアップは、まずは認知行動療法(CBT)を用いた患者向けセルフケアアプリ「Awarefy」というサービスを通じて患者向けにスティックネスなサービスがどうしたできるのか検証から始め、そこを乗り越えれば医療機器化するという戦略をとっています。

こうした方針も含め、本稿では再三述べてきましたが、プログラム医療機器は最初期の戦略策定が極めて重要です。後で躓かないように先に知見を持つ人と戦略を練り切り、事業開発の成功確度を高めていきましょう。もし支援が必要であれば、私宛にお気軽にご相談ください。

参考文献・ソース

1)首相官邸、規制改革推進会議・国家戦略特別区域諮問会議合同会議

2)日本経済新聞 画像診断 AI、1 年以内に早期承認 普及へ新制度検討

3)ドラッグストア・調剤薬局向けに治療用アプリの企画・開発ソリションを提供する「デジタル創薬準備室」を設立

5/5 (11)

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