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日本版DVG/DiGAの誕生で、医療AIやSaMDに大波到来となるか。

 

お久しぶりです。アジヘルさんこと田中大地です。
アイリスというスタートアップでAI医療機器の開発をしています。
仕事を締めて、年末はいつものように金沢に来ています。ご飯が美味しい。

 

さて、重い筆をとって久々にブログを更新しようと思ったのは、医療AI / SaMDについに大波の予兆がありそうだと感じるニュースがあったからです。

画像診断AI1年以内に早期承認 普及へ新制度検討(日本経済新聞)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA103LE0Q2A211C2000000/

本日はこちらのニュースについて書いていきたいと思います。
(なお本記事はすべて個人の見解、意見であり、所属する会社の意向などは関係ありません。また記事内容に誤りがあれば、こっそり教えていただけると大変ありがたいですmm)


医療機器をゼロから作るのは超大変

こちらの日経新聞の記事によると、医療AIやSaMD(Software as a Medical Device=プログラム医療機器)の承認プロセスを大幅に短縮するための規制緩和が検討されているというものです。

通常5年前後かかる承認プロセスを1年以内に縮めるという具体期間も言及されています。


私の所属するアイリスも、AI医療機器の開発をしており、つい先頃1stプロダクトの販売開始までなんとか辿り着けたところですが、私自身も創業期のメンバーとして5年かけて1つのプロダクトを出す、という経験をしました。

最初は本当に何もない状態だったので、ハードウェア開発からはじまり、臨床研究によるデータ収集、AI開発、治験、承認申請、保険適用というプロセスをゼロからやってきました。


AI医療機器はルールも未整備の状態だったかつ、通常こうしたプロセスは大手医療機器メーカーでも機能分化しており一気通貫で実施したことがある人がこの世にほぼ存在しないということも更に難易度を大きくあげます。組織作り含め、その過程は正直タフなことだらけでした。

また、時間だけでなく、一つのプロダクトを出すまでに、数十億円という資金もかかっています。(単純計算で、50人の社員数を1年間雇用すると、ひとり頭もろもろ間接費用含み年間1千万円かかるとしても、人のコストだけで年5億円かかる計算になります。これはベンチャーのみならず大きな金額でしょう。)

特に私の出自がリクルートやSMSとネットビジネス育ちだったために、とにかく数ヶ月でMVPを出してPDCA回し磨き込むというモデルだったためよりGAPを感じやすいのかもですが、正直二度やりたいかというと..即答でうんとは言いづらいな、となるくらい大変でした。笑

何を言いたいかというと、我々は実現できたものの、フェアに見ても上記のプロセスを完遂できる企業は非常に少ないのではないかという感覚があり、そこが社会実装のための障壁になるだろうと思っていました。

今回、この承認までのハードルが大幅に削減される検討が進んでいるというものが今回のニュースの概要になります。


ドイツの政策によるデジタルヘルスの広まり

さて、今回の承認期間が短縮されるという動きに、参照されているのは、おそらくドイツのDVGという法律に基づいた医療機器の承認制度です。

詳しくは、MICIN社の運営する「Digital Health Times」のこちらの記事に詳しいのでご覧頂ければと思いますが、ドイツではデジタルヘルスアプリをDiGAと称しており、特定の要件を満たしたDiGAプロダクトの承認プロセス(特に有効性に関する審査)を大幅に削減しています。また1年間は製造者が自身で決めた価格で保険適用を行うことができるという特例も設けて、国単位で社会実装を推進しています。

保険適用の価格はビジネスの成果に直結するため、期間限定とはいえども製造者が保険価格を自由に設定できる、というものは日本で医療機器業界にいる身としては信じられない内容です。

最も、想像するに、製造者が自由に保険点数をつけたとはいえ、あまりに高い価格設定では患者の納得度などもないと思われます。しかし、実臨床で使ってその実績や有効性の検証を行うためにも、そこに協力する医療機関へのインセンティブの提供や患者負担の軽減には大きく役立つでしょう。

 

ドイツでは既に40近くのDiGAプロダクトが存在

2019年12月のDVG法の施行からおよそ3年程度でありますが、ドイツ版のPMDAである、こちらのBfArM(Bundesinstitut für Arzneimittel und Medizinprodukte)のWebサイトを見る限り、2022年12月28日現在仮登録含む約40のDTxサービスがこの制度を利用しているようです。

日本のDTxがいまだCureAppのニコチン依存症治療アプリ、高血圧治療補助アプリの2つしか本承認を受けていないことと比較すると、いかにこの政策によってデジタルヘルスアプリの社会実装を前に進めたかがわかるでしょう。

ドイツBfAuMのサイト

BfArMのWebサイトでDiGAが一覧で見られる。検索性も高く見やすい

 

かつては紙カルテもドイツ語で書く先生も多かったと言われることもわかるように、ドイツにおける医療産業は極めて重要な位置付けです。2016年の国別医療機器市場も世界で3番目となっています。
エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所「我が国医療機器・ヘルスケア産業における競争力調査 調査報告書」(2016年)より

ドイツでは毎年世界最大の医療機器の展示会MEDICAも開催されており、私もコロナ前に訪問しましたが、ホール10数個の規模で世界中から先端医療機器が集まる大変刺激的な場でした。


このようにドイツにおける医療産業は注力領域でありながら、医療機器エコシステムが確立しM&Aやスタートアップがどんどん生まれているFDA/アメリカに大きく先行されており、また中国の隆盛によってなかなか難しいポジションとなっていました。

その攻めの一手として、デジタルヘルスアプリ領域は絶対に負けんぞという政策だったのだと感じます。

日本版DVG/DiGA誕生となるか

今回の日本の規制緩和の動きはこのドイツのDVG法を大きく参考にしたと思われます。

規制緩和の一端を担う規制改革推進会議は、その議事次第や各社が提出した資料も公開されていますが、2022年10月20日の議論では、業界団体であるJaDHA(⽇本デジタルヘルス・アライアンス)が、プログラム医療機器(SaMD)の承認・保険償還プロセスの早期化における議題などを持ち込んでいます。

こうした議論を受けて、2022年12月22日の規制改革推進会議・国家戦略特別区域諮問会議合同会議では岸田総理よりAIによる画像診断装置などのプログラム医療機器の規制見直しを検討するという発言もあり、冒頭の日経新聞の報道がなされたという流れです。

 

日本がこうした政策を行う背景も、ドイツと似たところから来ていると推察されます。

上述の資料にもある通り、日本の医療機器の市場は大きく、米国に次ぐ世界2位の市場となっていました。
内視鏡で世界シェアNo.1のオリンパスはいるものの、しかし治療機器ではシェアを伸ばしきれず、なかなか攻めあぐねていたというところがあったのだと思います。

しかし、この数年で少し状況が変化してきました。
日本初で複数の医療機器スタートアップが、数十億円規模の資金調達もしながら、SaMD/医療AIで新医療機器の承認・保険適用の事例が誕生してきたのです。
それが、CureApp社のDTxプロダクツであり、当社アイリスの医療AI診断機器になります。またサスメド社の不眠症アプリの本承認も近く、点数の議論はあれど、おそらく保険償還もされるでしょう。


デジタルヘルスにおいても、グローバルに先行してきた米国でも、SaMDや医療AIの保険適用の事例はありますが、主に民間保険であり、また公的保険で適用されているケースもメディケア/メディケイドという、高齢者ないしは低所得層向けが対象であるがゆえに、スマホ/ソフトウェアを中心とする先端医療に近いSaMD/医療AIとの相性はそこまで高くはありません。

他方で、日本の公的保険制度は国民の多くが対象となっており、広く利用が促進できるという世界でも珍しい制度です。こうした保険制度を後押しに、医療AIやSaMDを、医療観点はもちろん、産業的にも日本の勝ち筋にしていきたい、という背景があったのだと私は推察しています。

これが今回の一連の報道から私が医療AIやSaMDに大波が来るぞ、と感じている背景になります。


事業開発はタイミングがすべて

最後にこうした変化を、私の専門領域でもある事業開発の視点で見てみましょう。

「事業開発は『タイミング』こそすべて」、という言葉もある通り、世の中が変わる大きなトレンドにその第一人者としてポジションを取り、その波に乗り切れるかは極めて重要です。

特に医療は規制産業であり、マーケットに大きな変革が起こる際は、規制の変化が背景になることが多くあります。

たとえば、私の前職のSMS社が最初に大きく躍進したのも、2006年の看護師の7対1の配置基準に関する診療報酬改正にあわせて、医療機関における看護師の需要が大きく伸びたところに、看護師向けの人材紹介事業がはめたことがきっかけです。

また、先般プライム市場へ市場変更も発表されたメドレー社は、「オンライン診療」の規制が変わるタイミングで第一人者として参入し、ロビイングも含め、その波を乗り切ったところが一つの成功要因だと思っています。(実際に人材事業だけでは説明できない期待値がメドレー社の時価総額にあらわれています。)

アイリスも、長らくの研究開発期間を終え、医療AIプロダクトでの承認・保険適用が実現できたタイミングで、この規制緩和が重なります。
自身でも最高の立ち位置、最高のタイミングで第一人者のポジションにいるなと思っていますので、この波にしっかり乗り切り、医療AIやSaMDの社会実装を大きく進める一助を担っていきたいと思います。

2023年も激動になりそうですが、頑張って参ります!


▶︎田中大地(アジヘルさん)の経歴、講演、執筆情報はこちら(仕事の依頼もこちらからどうぞ)

 

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